TIEDKNOTS「the end of the rainbow」リリース インタビュー


「Photo by HBK!」

─まずはアルバム・リリースおめでとうございます!非常に素晴らしいアルバムだと思ったんですがメンバー自身、アルバムの出来についてはどう感じていますか?

たくろう:ありがとうございます!
ありがちな表現になってしまいますが、現時点でのバンドの表情が色濃く出た作品になったと思います。収録する楽曲群が出揃って、「あ、うちってこういうバンドなんだな」って納得しました。楽曲、アートワーク含め出来はとても満足してます。

しん:構想段階から音源が完成するまで随分と時間がかかってしまいましたが、その分納得のいく作品を作ることができました。ミックス・マスタリングに関してもレコーディングエンジニアのDEVU君に色々と助けてもらいとても感謝しています。

こーいち:デモに引き続きDEVU君にエンジニアをお願いして、色々と無理を言いましたが、おかげさまで満足のいくものができました。この場を借りてDEVU君ありがとう!

ちんねん:レコーディングは自分の下手さ加減がかなり浮き彫りになって軽くトラウマになってますが良くも悪くも「現時点での自分の精一杯」を出せたと思います。

僕は今まで正式音源はloroという前にやっていたバンドでコンピに一曲参加したことがあるだけだったのですが「20代のうちに単独音源を出す」という目標がギリギリ滑り込みで達成できたので感慨深いです。

─タイトルの「the end of the rainbow」はどのように決まって行ったのでしょうか?込められた意味など伺いたいです。

たくろう:ジャケットで使ってる写真を見つけたとき、「この写真は完璧すぎる」と思いました。実のところ、どうにかこの写真を使うためにバンドと紐付けしたいなと思って考えたんです。

バンド初期にできたRainy DaysやCrosswalkっていう曲の歌詞に雨が入ってるのもあってか、バンドに雨の印象がつきまとってるのは僕らも感じてたんですが、雨降りの後は虹がでますから、rainbowだなと。

さらにthe end of the rainbowって虹の付け根ってことから、手に入らないものとか、叶わぬ夢みたいな意味の慣用句みたいで、それを追い求めることの価値を見出す作品でもあるな、と意識したら、腑に落ちたというか、とてもしっくりきたんです。

しん:雨を連想させる曲が多いので、「晴れ」や「雨上がり」をイメージさせるようなアプローチをしていきたいなとそれとなく一人で思ってました。そこに来て拓朗くんが今回のジャケの写真とタイトルを提案してくれたので、すごくしっくりきたのを覚えています。

ちんねん:拓朗くんからタイトルを提案された時に「サッド過ぎるタイトルだなあ」と思ってたんですが、後から拓朗くんが言った「それを追い求めることの価値を見い出す」ってことを加味して考えたら寧ろ凄く前向きなタイトルだなとかなり印象が変わりましたね。あと僕らのライブの日は何故か雨が降る事が多い「雨バンド」なので、それも含めてピッタリだなと思ってます。

─PVも凄く良く、周囲からの評判も凄かったと思います。どんな人が作成したのでしょうか?

たくろう:Loser's BluesのMVは僕が作りました。
動画なんて頼まれて結婚式のムービー作ったぐらいだったんで、果たしてできるのか不安だったんですけど、なんとか見せられるものができたかなと。

─どんなものにしたいなどのコンセプトはあったのでしょうか?

たくろう:基本、スタジオで演奏してる動画を素材になんとか作ればいいやと思ってました。Loser's Bluesは、よぎる思いを振り切って、確固たる意志を持って家に帰るための歌。電車や駅がモチーフになってるので、せっかくならしつこくない程度にストーリー立てて作ってみようかなと思って形にしていきました。

─歌い回しが英語っぽく「日本語だったんだ!」という声もあったようですが、意識して英語っぽくしてるのでしょうか?

たくろう:まず、日本語でやるというのは僕がメインで歌って作詞する以上譲れない部分でした。とはいっても、ただ単に自分にとっては日本語が最も自然で、伝えたいことをロスなく、ストレスなく吐き出せる手段だっただけのことで、今考えれば、それがもし英語でも、もっと違う言語でもできたのであれば、他のやり方もあったのかもしれないと思います。

「英語っぽくする」というのが常にメインコンセプトとしてあるわけではありませんが、日本語でやるという前提のもと、自分が理想とする、演って、聴きたい楽曲に一番しっくりくる歌い回しや節、言葉の選択が連なって、結果として少し英語っぽくなったという感じかなと。

同じような方法でやっている日本のバンドって結構いると思いますけど、他の例にもれず持ち合わせている洋楽コンプレックスと、単純な嗜好性によるものかなと今は思っています。

でも、「日本語ではこう歌っているけど、同じ部分を英語として聴いてみると、ちゃんと意味が成り立つし、繋がっている」みたいなことも意識してみたりします。上手くいけば、凄い面白いなって考えながら。

─どういう楽曲、アルバムにしたいというヴィジョンはアルバム製作前から明確にあったのでしょうか?

たくろう:僕は、とりあえず自分たちが今作っている楽曲の旬が過ぎないうちに、なんとか形にして残さなきゃっていう目標しかなかったです。だから、この作品が持つ雰囲気とかは、さっきも話しましたが、収録曲が出揃ってからまとわりつきはじめて、さらにアートワークのイメージが固まったアルバム制作の後半で明確に見えてきた感じはありますね。

─では、バンド自体はどのように始まったのでしょうか?

たくろう:2011年ごろ、僕が学生時代からずっと親交が続いてて、さらにeulogies forや4thDifferenceとかで一緒にバンドをやっていたこーいちに声をかけたのが最初ですかね。その頃、Sara BareillesとかアメリカのSSWにハマってて、女性ヴォーカル入れてやってみたいなとも考えていました。

こーいち:前やっていたバンドが解散して、安定した職にも就いたのでもうバンドはやらないかなと思っていたんですけど、たくろーから誘われてもう1回やってみようと考えを改めました。

当初は、女性ボーカルとかアコースティックっていうイメージだったので、その部分に惹かれたところも大きかったと思います。しばらく2人で試行錯誤してたところで、しんがドラム叩いた時に妙にしっくりきて、そこから方向性のようなものが見えてきた気がします。女性SSW感より、こういう感じの方がしっくりくるのかなと。

しん:元々僕はEASELというバンドをやっていたんですが、そこから拓朗くんがドラムを叩いてるAND BELIEVEに出会いました。

昔から拓朗くんのドラムスタイルにはかなりの影響を受けていましたが、更に4th Differenceというバンドで初期のpunchlineみたいなメロディックパンクバンドで歌ってたのは衝撃的でしたね。EASELで音源(風の強い日ep)をリリースしたときもジャケットの絵を描いてもらったのですが、その絵が本当に凄くて、何をやってもセンス抜群な人だなーと言った憧れの先輩でした。

ずっと一緒にバンドやりたいと思ってたんですが、当時EASELの活動休止(現在は解散)が決まったりで色々タイミングが重なって声をかけてスタジオに入り始めました。

ベースが中々見つからなかったのですが、虎くん(freegan,treadmillsのGt,Vo)の紹介でちんねんが加入しました。

ちんねん:僕は一番最後に入ったんですけど、前にやってたloroっていうバンドが確か2012年の春先くらいに解散してこの後のバンドどうしようかな~と考えてた時に、twitterでメン募のツイートを見かけました。メン募に「こういうバンドが好きです」って、THE GET UP KIDS、HOT WATER MUSIC、LIFETIME、AMERICAN FOOTBALLなんかが挙げられてて「完璧じゃん!!!」と思ったのは覚えてますね 笑

でもその時は自分で曲作って歌うバンドがやりたくて興味はあったんすけど応募はしてなくて。そしたらfreegan/treadmillsの虎くんが晋君に話したらしくてそこから連絡取ってスタジオ入ってみて今に至るって感じです。

因みに当時はEASELもANDBELIEVEもライブは一度見たことがあっただけで、交流は全く無かったです。

─曲はどのように作っていますか?

ちんねん:基本的には拓朗くんが曲の一部を持ち込んでみんなであーでもないこーでもないって言いながら作ってます。

たくろう:スタジオでジャムって爆発的にできたりもしますね。誰かが完全に一曲作り上げてってのはあまりないです。歌はスタジオで即興で作って、良いものを拾っていって、持ち帰って整理していったりが多いです。歌詞は基本的には電車で移動している最中に書くことが多いです。

しん:3時間で曲ができるときもあれば、半年経っても曲がまとまらないこともあります。笑

─リリースは「TIED KNOTS RECORDS」という事で、自主リリースという事だと思うんですが、どのような経緯でこのような形に?

たくろう:具体的にどこかのレーベルなりに自分たちから話をもちかけたりといった動きをしなかったのもありますが、とりあえず最初の正式音源だし、100%自分たちの色を出せればいいなと思って自主で出すことを決めました。あとはリリース関係の諸々を直接経験しておきたいっていうのもありました。

─アルバムを通して感傷的な思いや焦燥感を感じましたが、どんな思いが皆さんを音楽活動(ライブや音源製作など)に向かわせているのでしょうか?

たくろう:そうですね。別に音楽に限らないことですが、その人が生きる日々の経験を飲み込んで、反芻して吐き出したものって、一定の説得力を持つと思うんです。ただ単にその人の言葉や行動だけでいっても。

だから「リアルさ」に価値を置かれがちな創作行為をしているなら尚更、「個」が見えるものにこそ、作者が作品に対して対等の責任が持てるのかなと考えます。自分が見たもの感じたものだけが、本当に自分のものとして背負えるのかなと。

その考えを持ってバンドをやっているわけなので、感じてもらった感傷的な思いや焦燥感っていうのは、そのまま自分のごくプライベートな部分から滲み出ているのものですね。これは取り繕うことができないなって。

月並みな言い方ですが、日々の全てが音楽の糧になっているということかと。考えてみたらなんてことない普通のことですが。

しん:アルバムタイトルについて「叶わぬ夢」という意味がある話がありましたが、僕自身も社会に出て仕事を中心とした生活をしていると、音楽活動としてやれることは限られてくるし、色々と現実を見るというか、叶わない事があるって痛感することは多々あります。それでも音楽を通して自分のやりたい事はまだまだ沢山あるし、やれる事もあると思ってて、そういう意味で「叶わない夢」にとらわれて音楽活動を諦める必要はまったくないと思ってますし、続けていけるんだというポジティブな捉え方です。

あとは何より音楽を通して出会った仲間達の存在が大きくて、本当に楽しい人生にさせてくれて感謝しているし、そんな仲間達といつまでも音楽を続けていきたいと思いますね。

ちんねん:感傷的、焦燥感って部分だけで言えば今までの人生経験がかなり露呈してるかもですね。あまり明るい人間ではないので 笑
仕事や日常生活(ニュースで報道されることなんかも含みます)でのモヤモヤが原動力の大半かもしれないです。後は単純にバンドを始めて発信する側と言ったら大袈裟かもしれないっすけどアウトプットする楽しさを味わった以上、辞めちゃったら他に楽しみが無いから(辞める理由が無いから)やってるってところもかなりあります。

─また、これもアルバムを通して"感情を揺さぶる音"だと感じました。メンバーの方々が最近、感情を揺さぶられた出来事を教えて頂けますか?

こーいち:今年の秋に新潟のフェスで見たcaravanのライブには相当感動しました。雨が降る中、全体にもやがかかり、大きな杉の木々をバックに演奏する姿、そこからの音、空気感がとても神々しく、その瞬間にしか味わえないライブ感は本当に最高でした。

たくろう:数ヶ月前に二児の父親となってからは特にですが、子どもが巻き込まれる悲しい事件のニュースを見る度に、激しい怒りと失望を感じます。そんな悲しい現実がもし自分たち家族の身に起きてしまったらと考えると、激しく感情が揺さぶられます。

ちんねん:聞いてあまり気分の良い話じゃないと思うんで恐縮なのですが最近、父方のばあちゃんが亡くなって実家に帰ったんすけど、その時に年老いた両親(と両親の兄弟)を見て何とも言えない気持ちになりましたね。当たり前ですけど自分が子どもの頃(まだ実家に住んでたの頃)の両親と比べたら「おじいちゃん、おばあちゃん」になってるわけで、出棺する前に棺桶に花を入れてる父と父の兄弟を見て将来の自分を想像したら物凄く辛くなったのが最近感情を揺さぶられたことですかね。

今、僕29歳なんですけど社会的に見ればもう充分「いい年した大人」でボヤボヤしてたらすぐに僕もおじさん果てはおじいさんになっちゃうなという焦りも感じました。最近「親孝行しよう」とか「自分のやりたいことをやろう」「もっと自分に素直に生きよう」とか凄く考えちゃうっす。

あと少し擦れますが葬式以降、寝る時布団に入ってから「人間は死んだらどうなるんだろう」って最近よく考えて怖くなってます。

─メンバー皆さんそれぞれTIEDKNOTS以外でやっているバンドについて教えて頂けますか?

たくろう:僕はAND BELIEVEというハードコアバンドでドラムをプレイしています。TIED KNOTSとも共同企画をやったり、ドラムのシンにABのヘルプをやってもらったり親交があるんで、自分が言うのも変ですが、兄弟、親戚的な感じで2つのバンドを捉えてます。

ちんねん:僕はTURNING CENTERというメロディックパンクのバンドでベースボーカルをやっています。loroが解散した当初の「自分で曲作って歌いたい」って願望はこっちで叶ってます。TIED KNOTSでも曲持って行きたいっすけどTKみたいにテクい曲作れないんで今のところ持って行ってないです笑 いつかTKと対バンしたいです。

─曲名に「DEAR YOUTH CREW」「IN MY EYES」という単語が使われていますがYOUTH CREWのバンドもルーツになっているのでしょうか?

たくろう:所謂ユースクルー・ハードコアに想いを限定しているわけではありませんが、自分が変わらず大好きなものへの密かな敬愛と宣言です。

DEAR YOUTH CREWは青年時代の自分へ贈った歌、そしてIN MY EYESは欲望に対する警笛の歌で、MINOR THREATの同名曲にインスパイアされています。

時折僕が自称する「ジャパニーズ・エモーティヴ・ポスト・ハードコア・バンド」という表現の仕方が僕らにとって適切なのかどうかはわかりませんが、失ったら根本から崩れてしまうかもしれない核はずっと持ち続けたいなと。だけど、ハードコアやパンクを言い訳にしたり、盾にしてバンドをやりたくない。矛盾のようですが、今はそう思っていますね。

しん:僕はメロコアから影響を受けて音楽活動を始めた身ですが、EASELを始めてからメンバーに教えてもらってユースクルーに出会いました。

まったく詳しく無いのでユースクルーを語れる様な立場では無いですが、音楽性やファッションなど僕なりに影響を受けていますし、この手の音のドラムのビート感ってそれぞれのバンドで癖が全然違うので、聴いていて面白いし、自分のドラムプレイにも少なからず影響はあります。

ちんねん:僕はこのバンドに入るまで所謂ユースクルー、オールドスクールハードコアはほぼ通って無かったです。YAPHET KOTTOやSLEEPY TIME TRIOとかの所謂激情ハードコアやMAN★FRIDAYとかTEST MASTARD DISCOとかアバンギャルド(って表現が的確かわからないけど)なハードコアはめっちゃ好きで聴いてました。ユースクルー、オールドスクールはメンバーや周りの詳しい友達に色々教えて貰ってます。

聴き始めた頃は「こんなカッコいい音楽があるのか!」とかなり衝撃を受けましたね 笑
今ではどハマりです。

─音楽的なルーツと最近聴いている音楽を教えて下さい。

たくろう:ロック初体験は中2でXですね。パンク初体験はたぶん中3でGREENDAY、その流れでハイスタです。ハードコアはたぶん高2でSLANG、その後どハマりしたのはSICK OF IT ALL だったような。それからは雑食でNYHCに始まり80'sから現行のバンドまでオールドもニューも洋も邦も関係なく、手当たり次第に聴き漁ってましたね。emoは大学時代にthe get up kidsをコピーしてから。その後、はっぴいえんどにしびれまくって、the album leaf、american footballに心を奪われてから、なんやかんやで今に至ります。

最近よく聴いてるのはturnoverです。

しん:バンドを始める最初のところでいうとHi-StandardとかGOING STEADYとかになりますかね。そこから洋楽に出会ってNOFX、lagwagon、no use for a name、belvedereあたりをひたすら聴いてました。

その後EASELを始めてcomeback kid、killng the dreamなどを教えてもらってハードコアという音楽を意識し始めました。その後はtexas is the reasonなどの90's emo、lattermanあたりから出てきた哀愁ラフメロディックなんかが今の僕の音楽性のベースになっていますかね。

最近は広く浅くみたいな聴き方になってしまってますが、ポストロック、やエレクトロニカなんかも好きですし、ロックステディ、ダブ、ディスコなどの音楽なんかにも興味があります。

ちんねん:本当に元を辿れば高校の頃に聴いてたASIAN KUNG-FU GENERATIONとかBUMP OF CHICKENがキッカケっすね。パンクやハードコアが大好きになったのは横浜の大学に進学して近くにある横須賀のかぼちゃ屋ってライブハウスに通い始めてからだと思います(因みにEASELもかぼちゃ屋で見ました)。ECHOとかSWEEFとかのライブ見て「超恐いけどカッコいい!」なんて思ったり。

あとは一緒に都内までライブ見に行ってくれる友達がいなくて1人でACBまでFUCK YOU HEROESとか見に行ってましたね。EMO(と認識して)聴き始めたのは21、2歳くらいの時でちょっと遅めで当時、関内のユニオンでEMOの名盤が雑な値段で売られててそれでSUNNY DAY REAL ESTATEとかTHE PROMISE RINGとか聴き始めました。

最近は5000(検索泣かせなバンド名)ってバンドとsalt of lifeの新しいアルバムにお熱です。

こーいち:ハイスタ、グリーンデイ、NOFX、アタリスあたりがバンドをはじめるきっかけという意味でルーツです。中学生の時はひたすらXを聞いてました。

最近は、toe、Elliott Smith、B.B. King & Eric Clapton「Riding With The King」あたりをよく聞いてます。

─バンドとしてでも個人としてでも今後、やってみたい事はありますか?

しん:まったく音の違うバンドとスプリットCDを出してみたいですね。イメージはneko!とwwitみたいな感じです。
僕もEASELの時にTAKE BACK THE BEERS!とスプリットCDを出しましたが、リリースまでの作業や、地方遠征など凄く楽しかった思い出があります。

ちんねん:今、仕事の関係で福島住んでるんすけど休日がめちゃくちゃ暇なので宅録出来るようになりたいです。

たくろう:合宿したいですね(笑)
時間を気にせずに曲作りしたり、練習に励みたいです。

こーいち:個人的には早く次作のレコーディングをしたいです。もちろん録る曲ができてからですけど。今回のレコーディングで、自身の未熟さを痛感する反面、試行錯誤して一つずつ組み立てていく面白さを改めて感じました。また、次作までに自身の未熟な部分を少しでも克服し、それを音に残したいという思いもあります。

─今後の予定を教えて下さい。

ちんねん:2015.1.24に新宿DUESでリリースイベントを企画していただきました。ディスクユニオンでCD買うとエントリー券もらえるんでぜひチェックして下さい!そして、2.7には、MAKE IT LAST長沼さんがやってるカタギレコードに浮間舟渡にあるTRINITYっていうスケートパークでレコ発を企画していただきました。

今年の2月にインドネシアのSTRAIGHT ANSWERが来日した時の最終公演もそこで行われたのですが完全に非日常の空間でしたね。YouTubeとかで観るアメリカのライブ映像のまんまでした。SAがMCで「こんな所でライブができるなんて(しかも警察も来ない)日本はイカれてるよ!」って言ってたんすけど日本人の自分から見てもあの空間はどう見てもイカれてました 笑

あんなライブが来年もあってしかもTIED KNOTSも出られるなんて夢の様です。本当に1人でも多くの人に観に来て欲しいです。

たくろう:現在はメンバーの家庭や仕事の都合でなかなか頻繁にはライブができないんですが、今後も数本予定していますんで、ぜひよろしくお願いします。

─最後に一言、これを読んでいる方々にメッセージをお願いします。

たくろう:最後まで読んでもらってありがとうございます。もしよかったら僕らの音源、ライブをチェックしてみて下さい。一緒に歌う準備はできてます。よろしくお願いします。

しん:アルバム是非聴いて下さい。ライブで一緒に歌えたら嬉しいです。

ちんねん:ありがとうございました。音源是非聴いてライブに足を運んでくれたら嬉しいです。

こーいち:色々な想いの詰まった作品です。是非、聴いてみて下さい。

(2016/01/08 メールにて)





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